日本キリスト教団 富山鹿島町教会ホームページ|礼拝説教

礼拝説教

「励まし合う交わり」
申命記 26章5~11節
ローマの信徒への手紙 1章8~15節

小堀 康彦牧師

1.はじめに
 共々にローマの信徒への手紙を読み進めています。今朝与えられております所から、挨拶が終わり、この手紙の本文に入ります。
 パウロは、8節「まず初めに、イエス・キリストを通して、あなたがた一同についてわたしの神に感謝します。あなたがたの信仰が全世界に言い伝えられているからです。」と書き始めます。パウロは、ローマの教会の人々にまず、感謝をしていると言います。その理由は、ローマの教会の人々の信仰が全世界に伝えられているからだと言うのです。ローマの教会といっても、現在のバチカンのようなものを考えては間違いです。ローマ帝国の都にある教会ですから、他の町にある教会よりは規模は大きかったでしょう。でも、何万人もが集うような群れではなく、人々の目につくような立派な会堂を持っていたわけでもありませんでした。ちなみに、当時のローマの人口は350万人くらいと考えられています。現在の日本で言えば、東京23区に次いで二番目の、横浜市くらいの人口です。ローマは他の町とは桁違いに大きな町でした。そんな大都市ローマにあるキリストの教会。けれどもそれは、大きな異教の神殿がある中ではちっとも目立たない存在だったと思います。
 しかしパウロは、「あなたがたの信仰が全世界に言い伝えられている」と言うのです。これは、少し大げさな言い方のようにも思われるかもしれません。でもそれは、私共が教会というものを社会的にしか見ていないからです。確かに社会的に見れば、当時のローマの教会も私共の教会も、吹けば飛ぶような存在でしかありません。しかし、信仰の眼差しをもって見れば、「ここに教会がある」ということはそんな小さなことではないことが分かります。「ここに教会がある」ということは、神様がこの町に住む者たちをどれほど愛しているか、救おうとしているかという御心の表れです。何としてもこの町に住む人々を救おうとする神様の御意思がそこに表れています。どんなに小さな教会であろうと、それは神様の御心の表れなのです。
 異教の町ローマに教会が立ち続けるためには、様々な信仰の戦いを強いられていたことでしょう。しかし、立ち続けている。その信仰の戦いの話は、神様の恵みの導きの話でもあったことでしょう。そしてその話は、ローマから様々な理由で他の町に行ったキリスト者によって、他の町々にある教会へと伝えられていたのではないかと思います。パウロはローマの教会に多くの信仰の友がいましたので、彼らからその話を聞いたことでしょう。そのようにして、ローマにある教会が、多くのキリスト者に励ましとなったのです。教会が建っているということは、そういうことです。

2.この手紙の執筆の動機
 さて、今朝与えられたこの箇所から、この手紙が書かれた目的が何となく分かります。はっきり分かるわけではありません。何となくです。10節に「何とかしていつかは神の御心によってあなたがたのところへ行ける機会があるように、願っています。」とあり、13節には「兄弟たち、ぜひ知ってもらいたい。ほかの異邦人のところと同じく、あなたがたのところでも何か実りを得たいと望んで、何回もそちらに行こうと企てながら、今日まで妨げられているのです。」とあります。パウロはまだローマの教会に行ったことがありません。しかし、訪ねたいと思っていました。パウロには、16章にありますように、ローマの教会に実に多くの知人がいたことが分かります。彼らから話を聞いて、ローマの教会についてある程度のことは知っていたのだろうと思います。そして、パウロがローマの教会に手紙を書いたのは、後でこの教会を訪れるための自己紹介のような意味があったと考えられます。そのことがもっとはっきり記されているのが15章22節以下です。こうあります。「こういうわけで、あなたがたのところに何度も行こうと思いながら、妨げられてきました。しかし今は、もうこの地方に働く場所がなく、その上、何年も前からあなたがたのところに行きたいと切望していたので、イスパニアに行くとき、訪ねたいと思います。途中であなたがたに会い、まず、しばらくの間でも、あなたがたと共にいる喜びを味わってから、イスパニアへ向けて送り出してもらいたいのです。」と記されています。パウロは、イスパニア、現在のスペインまで伝道したい。その際にはローマの教会から送り出してもらいたい。もっとはっきり言えば、イスパニア伝道のために援助をしてもらいたいと言っているわけです。そのために前もって書かれたのが、この手紙でした。実際には、パウロがローマに行くのは囚われの身となってからで、イスパニアへの伝道は実現出来なかったと思われます。イスパニアというのは、当時の世界では「地の果て」と考えられていました。まさに文字通り、地の果てまでも伝道したいというパウロの熱い思いが、この手紙を書かせたわけです。ですから、他の手紙のように、何か問題が起きてそれに対応するために書かれたのではありませんので、パウロが伝えようとしている福音が全体構造をもって明確に記されているというこの手紙の特徴が表れたのでしょう。「わたしが伝道しようとしている福音はこういうものです。」それをローマの教会の人々に伝えるための手紙だったからです。

3.世界伝道の志
 復活されたイエス様は、弟子たちにこう告げました。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」(マタイによる福音書28章18節b~20節) パウロはこのイエス様の言葉を文字通り受け止めました。パウロだけではありません。使徒たちはこの言葉を文字通り受け止め、従いました。この伝道への志が、二千年の間、キリストの教会に息づき続け、キリストの教会を導いてきました。私共の教会も、140年前にこの志を持って金沢に遣わされて来たアメリカ長老教会のトマス・ウィン宣教師たちによって伝道が開始されました。この志を私共もしっかり受け継いでいきたいと思います。大切なことは世界伝道です。私共が身近な人たちに伝道する、この町で伝道する、それも世界伝道の一環なのです。そのことを忘れてはなりません。
 キリストの教会というものは、その出発の時からインターナショナルな存在です。私共は何となく、ヨーロッパはキリスト教の国々と思っていますけれど、自然にキリスト教が伝わるなんてことはありません。みんな、伝道していったのです。西ヨーロッパはローマ・カトリックが、東ヨーロッパは東方教会が伝道しました。何百年もかけて、伝道し続けたのです。キリスト教がローマ帝国の国教になって、ローマ帝国中にキリスト教が広まった。そんな簡単なことではありません。今、ヨーロッパ伝道について話す時間はありませんけれど、ゲルマン民族の大移動によってローマ帝国は滅んでしまうわけですが、入ってきたゲルマン人たちにも教会は伝道をし続けたのです。東のローマ帝国においても同じです。東欧のスラブ人たちに伝道し続けたのです。パウロのこの志はずっと受け継がれていきました。そして、今も受け継がれています。

4.霊の賜物による交わり
 パウロは、ローマの教会の人々にイスパニア伝道の援助をして欲しいと願っておりましたけれど、それだけがローマの教会に行きたい理由ではありませんでした。もっと本質的な、と言いますか、キリスト者を生かす福音によって、そうしたいという願いがキリスト者には与えられるものだからです。それが11~12節にあります、「あなたがたにぜひ会いたいのは、“霊”の賜物をいくらかでも分け与えて、力になりたいからです。あなたがたのところで、あなたがたとわたしが互いに持っている信仰によって、励まし合いたいのです。」ということです。パウロはローマの教会の人たちと会いたいのです。力になりたいし、励まし合いたいのです。それは、交わりを求めていると言っても良いでしょう。キリスト者は交わりを求めます。単独で信仰を守っていくという道が全くないとは言いません。しかし、それは極めて例外的なあり方です。キリスト者はその本質において、信仰における交わりを求め、必要とするものだからです。それは、神様は愛でありますから、その神様に似た者として造られた人間が、イエス様の十字架によって一切の罪を赦されて神の子とされたということは、この本来の人間の姿、愛の交わりを形作りその交わりの中で生きる姿を回復されていくということだからです。そしてそれは、神様によって与えられた霊の賜物、信仰によって新しく備えられた賜物、それを互いに分かち合うことによって形作られる交わりです。
 キリストの教会というものは、この霊の賜物によって互いに支え合い、仕え合う、励まし合うところに生まれる交わりです。具体的に考えてみましょう。パウロは伝道者として、神の福音を言葉として言い表し、キリストの現臨を指し示す賜物を与えられていました。その賜物は、共に福音の恵みに与っている者がパウロの福音を説き明かす言葉を聞いて、共に御名を誉め讃えるようにと用いられるものです。パウロのこの賜物は、パウロが一人でいたのでは宝の持ち腐れになってしまいます。パウロの話を聞く人が必要なのです。勿論、その賜物はキリストを知らない人々の為に用いられることもあるし、パウロはそのために召されたと自覚していました。そして、それを聞く人と共に神様を誉め讃えることが出来るならば、こんな嬉しいことはありません。パウロは「“霊”の賜物をいくらかでも分け与えて、力になりたい」と言っていますけれど、この霊の賜物によって力を与えられるのはローマの教会の人々だけではありません。パウロ自身もまた力を受けることになります。伝道者だけが一方的に「力を与える」のではありません。互いに励まし合うのです。これは霊の賜物によって形作られる交わりのとても重要な特徴です。いつでも一方が与え、一方が受け取る。そういった一方通行の関係ではありません。それでは愛の交わりになりません。

5.励まし合う交わり
この交わりについて、もう少し考えてみましょう。パウロは「励まし合いたい」と記していますが、これは「慰め合いたい」とも訳すことが出来る言葉です。キリスト者は何によって励まされ、何によって慰められるのか。それは福音によってでしょう。神様は私共を愛してくださっている。私は徹底的に愛されている。イエス様の救いの御業によって、罪赦され、神様の子とされ、永遠の命に与る者とされている。その恵みを与えられる神様が、生きて働いておられる。私共はこの神様の御手の中で生かされている。この神様が私と共におられる。そのことを知らされ、その恵みを共に分かち合う中で、私共は慰められ、励まされ、支えられるのでしょう。
 それは理屈ではありません。勿論、信仰の論理、筋道というものはあります。しかし、それだけでありません。その恵みに生かされている者の証言として、それは語られ、伝えられていきます。キリストの恵みの証言とは、単なる体験談ではありません。その福音によって生かされた人間の体を通ってきた言葉です。キリスト者は、神様の恵みの御手の中で様々な出来事を体験します。同じ体験は二つとありません。今ここにおられる方が、自分がイエス様に救われ、洗礼を受けることになった経緯を語れば、同じ話は一つもないでしょう。キリスト者の家庭に生まれた者もいれば、青年期に教会に導かれた人もいます。高齢になってから教会の門を初めてくぐったという人もいるでしょう。キリスト教主義学校で教会に導かれた人もいる。しかし、その話を聞く人は、全く自分とは別の体験を聞きながら、「自分と同じだ。」と思うのです。それは、その出来事を導かれたお方が、同じ神様だからです。そして、私を救いへと導いてくださった神様は、この人をも導き、救いに与らせてくださった。何と神様は素晴らしいのかと、共に神様を誉め讃えることになります。それが、私共が共に慰められ、共に励まされるという出来事において起きていることでしょう。
 それは、主の日の礼拝も同じですし、教会学校の礼拝でも同じです。聖書を学び祈る会においても、或いは家庭集会においても同じことが起きているのです。その場その場で、語られる語調は違います。語る者が違えば、聞く者も違うからです。しかし、起きていること、あるいはそれが起きるようにと目指していることは同じです。  パウロは伝道者として様々な出来事に遭遇し、その中で神様の御業によって助けられ、守られ、福音伝道に励んできました。それについては、使徒言行録に記されている通りです。パウロはそのことを語り伝えることも出来たでしょう。そして、ローマの教会の人々もまた、ローマの教会において起きた出来事、起きている出来事を伝えることが出来たはずです。そこに教会が建っているということは、神様の御業がそこで行われているからです。その一番分かりやすい出来事が、洗礼を受ける者が起こされるということです。しかし、それだけではなく、色々なことが起き続けているのです。コロナ禍の中で、私共はマイナスのイメージ、不安や困難ばかりに目が向いてしまいますけれど、キリストの教会は決して暗さに覆われることはありません。神様の御業を思い起こすことによって、明るくあり続けることが出来る。そういう交わりなのです。  今コロナ禍の中で、地区や教区の様々な行事が中止になっています。しかし、たとえ集まることが出来ず、リモートで行わなければならなくなっても、牧師会は中止にしません。それは、この交わりが牧師には必要だからです。神様の救いの御業の出来事を報告し合い、共に慰めを分かち合う交わりが必要だからです。

6.神様の御前における責任
 パウロは自分の責任というものを自覚していました。5節で言われているように、その責任とは「主イエス・キリストの御名を広めてすべての異邦人を信仰による従順へと導く」という責任です。勿論、パウロはすべてを自分でやらなければならない、自分一人でやれる、そんな風に考えていたわけではありません。しかし、自分は生涯を賭けて、この責任に生きる。そのことははっきりしていました。だから、イスパニアにまで伝道したいと願ったのです。
 ただ14節において、「わたしは、ギリシア人にも未開の人にも、知恵のある人にもない人にも、果たすべき責任があります。」という言い方は、注意すべきでしょう。どうしてパウロは「すべての人々」あるいは「すべての異邦人」と言わず、「ギリシア人にも未開の人にも、知恵のある人にもない人にも」と言ったのでしょうか。それは、当時ギリシャ人たちは、自分たちは「知恵のある人」だけれども、ギリシャ語を話さない人々のことは「未開の人」「野蛮人」「知恵のない人」、そう考えていたからです。ギリシャ人から見れば、ローマ人のことだって、そう思って見下していたのかもしれません。実際、ローマ人の裕福な人は、教養のあるギリシャ人奴隷を家庭教師として雇って、子どもにはギリシャ語を学ばせ、ギリシャ語を読んで、書いて、話せるようにしようとしていました。そして、ローマから見れば、イスパニア(現在のスペイン)は地の果てですから、内陸に入ればまだローマ化されていないわけです。またガリア(現在のフランス)は、この手紙が書かれた頃、まだローマ帝国の領土となって100年経っておらず、ゲルマン人たちの土地という認識だったと思います。ドナウ川より北、ライン川より東は、この後もずっとゲルマン人の土地でした。ドイツとかルーマニアとかチェコとかポーランドといった東欧の国々がキリスト教になっていくのは、ずっと後のことです。パウロがここで何を言おうとしているかと言いますと、ギリシャ人もローマ人も、ユダヤ教から見れば元々異邦人であったわけです。その異邦人がただ信仰によって、ただ恵みによって救われた。これが福音です。ところが、ギリシャ人にもローマ人にも、自分たちは文明人だ、世界の都だという誇りがありました。これが、ユダヤ人の「自分たちだけが神の民であって、神様に愛される値打ちがある民だ」という思いと同じように、「自分たちは文明人だから救われる」というように、神様が取り払ってくださった壁をまた造りかねない。愚かなことですけれど、そういうことを人間はするのです。ただ恵みによって救われたというのに、どこかで人間的な目に見える誇りにしがみつこうとする。パウロはここで「ギリシア人にも未開の人にも、知恵のある人にもない人にも」と言うことによって、福音の絶対性、すべての人間の壁を乗り越えていく福音の普遍性、それに仕えていく責任がわたしにはあるとパウロは言うのです。ここでパウロは「わたしには」と言っていますけれど、本当に言いたいことは「ローマの教会の人々、あなたがたにも同じ責任があるのだ」ということだったと思います。そして、その責任を一緒に果たしていこう。そうパウロは言いたかったのでしょう。
 福音を小さくしてはいけません。神様の愛を、神様の救いの御心を、小さくしてはいけません。私たちは小さい。しかし、福音は大きい。神様は大きい。私共のサイズに福音を合わせてはなりません。私共が福音によって大きくしていただくのです。

 祈ります。

 恵みに満ちたもう全能の父なる神様。
 今朝、あなた様は、励まし合い、慰め合う交わりの中に私共が生かされている幸いを、改めて教えてくださいました。ありがとうございます。私共がこの交わりの中で生かされ、いよいよあなた様の愛と恵みと真実を知る者となり、福音の証人として立てられ、用いられていきますように。私共があなた様の御心を小さくすることがありませんように、どうか聖霊なる神様の導きの中で、私共自身を、またこの教会を、御心に適うものへと造り変えていってください。あなた様の福音がこの地に、広く、深く、豊かに伝えられていきますように。
 この祈りを私共の救い主、主イエス・キリストの御名によって祈ります。 アーメン

[2021年5月16日]