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礼拝説教

「士師サムソン」
士師記 15章1~20節
使徒言行録 12章6~12節

小堀 康彦牧師

1.はじめに
 今朝は5月最後の主の日ですので、旧約の御言葉に聞いていきます。士師記のサムソンの話です。前回は、13章のサムソンが誕生する場面から御言葉を受けました。4月の最後の主の日は教会総会があり今年の教会聖句から御言葉を受け、3月はイースター直前の主の日ということでイエス様の葬りの出来事から御言葉を受けました。2ヶ月続けて抜けてしまいましたので、前回は2月の最後の主の日でした。3ヶ月前になりますので、もう覚えていない方も多いかもしれません。その時のことを少し振り返りながら、今日の御言葉に入っていきたいと思います。
 サムソンは、士師記で4章も使って記されている、士師の中ではギデオンと並ぶ、最も有名な士師です。映画にもなりました。サムソンはその誕生の時から記されています。不妊の女であった母に主の御使いが現れて、「身ごもって男の子を産む。その子はナジル人として神にささげられている。彼は、ペリシテ人の手からイスラエルを解き放つ救いの先駆者となろう。」と告げるのです。ここで大切なのは、①サムソンは生まれた時からナジル人であったということ。そして、②ペリシテ人からイスラエルを救う先駆者として生まれたということです。
 ナジル人というのは民族や種族の名前ではありません。民数記の6章1~8節に記されておりますが、「神様に願い事をして、誓いを立て、献身した人」のことです。このナジル人は他の人と違って三つのことを必ず守らなければなりませんでした。その三つとは、①ぶどう酒も濃い酒も飲まないし、ぶどうの実も食べない。②頭にかみそりを当てない。③死体には近づかない。この三つのことをナジル人は守らなければなりません。サムソンは母の胎にいるときからナジル人として歩むことが定められていた者でした。
 そして、サムソンの時代、イスラエルを支配していたのはペリシテ人でした。ペリシテ人は、地中海沿岸部から内陸にかけて支配していた海の民で、元々はギリシャから来たのではないかと考えられています。古代ギリシャ文明を背景とした高い文明を持っていた民です。何よりペリシテ人は、既に鉄を持っていました。イスラエルはこの時まだ鉄を持っていません。ペリシテ人は、5つの星と呼ばれる、アシュドド、アシュケロン、エクロン、ガザ、ガトという城壁に囲まれた都市国家を作っていました。先日から、「ガザ地区でイスラエルとパレスチナの武力衝突が起きた」とか、「停戦になった」という報道がされていますが、そのガザの町がこの時代のペリシテの5つの星の一つです。今から3千年以上前のことを記しているこの士師記の時代に、既にペリシテ人の町としてイスラエルと戦っていたわけです。現在の「パレスチナ」は、「ペリシテ」という言葉がなまったと考えられています。このペリシテとの戦いは、士師の時代には決着がつきませんでした。この戦いに決着がつくのは、士師記の次の時代、サムエル記の時代のダビデ王の時です。サムソンはまさに、イスラエルを支配するペリシテ人の手からイスラエルを救う先駆者となった。そう聖書は記しているわけです。

2.傍若無人なサムソン(1)
実際に、聖書に記されているサムソンが行ったことを見てみましょう。14章ですが、彼はペリシテ人の娘に目を引かれて、妻に迎えたいと父母に言います。自分たちを支配しているペリシテの娘とどうして結婚するのか。当然、父と母は反対します。ところが、サムソンは「彼女をわたしの妻として迎えてください。わたしは彼女が好きです。」と言って譲りません。彼女のことが本当に好きだったのでしょう。そして、彼女の所に行く途中で若獅子に遭遇します。彼はその若獅子を素手で引き裂いてしまいます。何という怪力。聖書はこの時、「主の霊が激しく彼に降ったので」と記します。彼の怪力は、主の霊によって与えられたものであったというのです。それからしばらくしてその獅子の屍を見ると、死骸に蜜蜂が群れていて、彼はその蜜を手でかき集めて、食べながら歩いた。子供じみた姿を想像してしまいます。彼は家に帰って、それを父母にも食べさせたというのです。でも、獅子の死骸から集めた蜂蜜だとは言いませんでした。父と母はサムソンをナジル人として育てたのですから、獅子の死骸から集めたなんて言ったら、「何ということをしたのか。」と言われるのに決まっていたからでしょう。どうも彼は、自分がナジル人であるという自覚が弱いのではないかという思いが拭えません。
 この後、そのペリシテ人の女性との、多分、婚礼の宴会であったと思いますが、そこで彼は、「食べる者から食べ物が出た。強いものから甘いものが出た。」というなぞかけを出します。この宴会が続く7日の間に意味を解き、言い当ててるようにというものでした。そして、これに答えられたら麻の衣30着と着替えの衣30着をやろうと言い、しかし答えられなかったら、あなたたちがわたしに麻の衣30着と着替えの衣を30着を差し出すようにと言いました。これは今申しました、サムソンが獅子を殺して、その獅子に蜜蜂が集まって蜜を出したことを言っているのですけれど、こんななぞかけはサムソンの個人的な話ですから、当然、誰も分かるはずがありません。そこで、このなぞを出されたペリシテ人たちは、サムソンの妻となった女性に対して、「夫をうまく言いくるめて、あのなぞの意味を我々に明かすようにしてほしい。さもないと、火を放ってあなたを家族もろとも焼き殺してやる。」と脅しました。彼女はサムソンを泣き落としにかけます。サムソンは最初は教えないのですけれど、結局教えてしまいます。女性に弱いのです。妻からそのなぞ解きを聞いた人々は、「蜂蜜よりも甘いものは何か、獅子より強いものは何か。」と答えました。当然、サムソンは、妻が彼らに教えたとピンときます。サムソンはそこで、何とペリシテ人の町アシュケロンに行って、30人を打ち殺し、彼らの衣をはぎ取って彼らに与えたのです。死体に近づかないというナジル人の戒めなど、どこ吹く風です。しかし、この時も「主の霊が彼に激しく降り」と聖書は記しています。

3.傍若無人なサムソン(2)
 そのようなことがありまして、今日の15章に入っていくわけです。サムソンは妻の家に行きます。当時の結婚のスタイルとして、同居ではなくて「通い婚」ということがあったようです。すると、妻の父は「わたしはあなたがあの娘を嫌ったものと思い、あなたの友に嫁がせた。妹の方がきれいではないか。その妹を代わりにあなたの妻にしてほしい。」と言うではありませんか。サムソンは怒ります。でも、婚宴の席であんな大変なことになったのですから、そしてサムソンの妻となった娘がサムソンから秘密を聞き出して教えたのですから、そう思うのも無理はありません。それに、サムソンはそれからしばらく妻の所には来なかったのですから、もう終わったと思うのも無理はありません。しかし、サムソンの怒りは収まりません。何と、ジャッカルを300匹捕らえて、ジャッカルの尾と尾を結んで、そこに松明を付けたのです。松明に火をつけると、彼はそれを麦畑に放ちました。当然、ジャッカルは自分が燃えてしまうと思って、かけずり回ります。尻尾が他のジャッカルと結ばれていますから、多分ぐるぐる回るようにして、どんどん火の手を広げていきました。刈り入れた麦の山から麦畑から葡萄畑からオリーブ畑まで、全部焼けてしまいました。聖書には記されていませんけれど、サムソンはこの光景を見て、笑っていたのではないかと思います。どうもやることが子供じみています。
 これに怒ったペリシテ人は、サムソンに復讐するのではなく、何とサムソンの妻とその父の家に火を放って二人を焼き殺してしまうのです。サムソンはそれに報復し、それから「エタムの岩の裂け目」に住みます。自分がイスラエルの人々の中に住めば、ペリシテとの戦いに巻き込んでしまうと思ったのかもしれません。案の定、ペリシテ人はユダに対して陣を敷きます。もう個人の復讐というレベルではありません。ペリシテ対ユダの戦いになろうとしています。ユダの人々は、何故ペリシテ人が攻めてきたのか分かりません。ペリシテ人は、「攻め上って来たのはサムソンを縛り上げ、我々に対する仕打ちのお返しをするためだ。」と告げます。そこでユダの人々はサムソンを捕らえて、ペリシテ人に引き渡そうとします。ユダの人々にしてみれば、「ペリシテ人と傍若無人なサムソンとの戦いに巻き込まれたくない」というのが正直な思いだったと思います。ユダはペリシテ人に支配されている側です。そのペリシテが戦闘態勢を整えてやって来たのです。勝ち目はありません。ユダの人々3千人はサムソンが住む、エタムの岩の裂け目に向かいます。そして、サムソンに、「なんということをしてくれたのだ。」と言うのですが、サムソンは「彼らがわたしにしたようにしただけだ。」と言います。このやり取りも、子供じみている感じがします。しかしサムソンは、ユダの人々の「お前を縛ってペリシテに渡すだけだ。」(殺さない)という言葉を信じて、縄2本で縛られてペリシテ人の所に連れてこられました。
 それを見て、ペリシテ人は勝利の歓声を上げました。これで、サムソンを煮て食おうと焼いて食おうと、自由にすることが出来る。そう思ったのでしょう。ところがです。この時またもや「主の霊が激しく彼に降り」、サムソンを縛っていた縄は「火がついて燃える亜麻の糸のようになり、縄目は解けて彼の手から落ち」てしまいました。そして、サムソンは近くにあったロバのあご骨を取り、それで千人を打ち殺したのです。アメリカのヒーローものの映画を思い出してしまいます。

4.主の霊が激しく彼に降り
 皆さんはこのサムソンの為したことを見て来て、どう思われたでしょうか。力は強い。めちゃくちゃ強い。しかし、人間的には幼いと言いますか、未熟と言いますか、思慮がないと言いますか、これが士師か?これがイスラエルの民を導くリーダーだと言われるとどうもピンと来ない、そんな思いをするのではないでしょうか。確かにサムソンは他の士師と比べて異彩を放っています。全く違うのです。他の士師たちはイスラエルの兵を募って、その指揮官として敵と戦い、勝利する。それがサムソン以外の士師たちの姿です。ところが、サムソンはいつも単独行動です。彼はとにかく強い。それは間違いありません。そして、やっつけるのはすべてペリシテ人です。イスラエルを支配していたペリシテ人。イスラエルが手も足も出ないでいたペリシテ人でした。今まで見て来た所で、サムソンが異様な力を発揮する時は、聖書は必ず「主の霊が激しく彼に降り」と言ってきました。サムソンの力は主の霊によるものだ、と聖書は言うのです。つまり、傍若無人なサムソンの驚くばかりの行動は、神様の導きの中での出来事だと言っているわけです。
 私共はここで、神様に用いられる人は知恵があり、人格者であり、人望があり、といったイメージを捨てることを求められているのではないでしょうか。どう見ても、サムソンにそのようなものが備わっているとは思えません。やることも言うことも子供じみています。しかし、神様はサムソンを用いられました。私共はこのサムソンという、士師記の中で最も多くの分量を用いて記されている士師のあり方の中に、神様のことの為されようというものが現れていることに気付かなければなりません。それは、「神様はどんなに欠けのある未熟な者であっても用いられる」ということです。
 夕礼拝に出ているFさん一家。お父さんとお母さんと二人の息子さん。彼らは洗礼を受けてから決して礼拝を休むことがありません。日曜日の午前中には仕事があって、いつも夕拝にしか出ておられませんので、あまり知らない方が多いかもしれません。イースターとクリスマスの時は、仕事を休んで朝の礼拝に来られ、いつも一番前の席に座られる御一家です。どうして彼らが決して礼拝を休まないのか。それは、弟のほうのお子さんが、主の日の午後6時になると礼拝に行く用意をして玄関に立たれるのです。このお子さんは少し重い発達障害があって、一度「こうする」ということがインプットされますと、それを変えることがとても難しいのです。彼は主の日の午後6時になると、夕拝に行く支度をして玄関に立つ。立ち続ける。ですから、御一家は決して休むことなく夕拝に来られる。彼は、この家族の救いのために神様に確かに用いられています。彼には大きな欠けがあります。しかし、神様はその彼を用いて、この御一家を御許に招いておられるということではないかと思います。

5.敵を見誤らない
 サムソンは様々な欠けがあっても神様に用いられました。ただここで知っておかなければならないことは、サムソンは敵を見誤ることはなかったということです。彼の驚くべき怪力は、イスラエルの民に向かって放たれることはありませんでした。彼は神の民の敵であるペリシテ人に対し、聖霊の導きにおいてその力を発揮しました。敵と味方を間違えることはなかった。これは大切な点です。どんなに力があっても、それを発揮する相手と場所を間違えてしまえば、それでは神様の御業に仕えることは出来ないでしょう。しかし、私共はしばしば敵を見誤ってしまいます。勿論、私共の場合、国や民族が自分たちの敵というわけではありません。そのような単純な、ラベリング(レッテル貼り)ほど危険なものはありません。しかし、人はこのラベリングによって考えることを止め、敵・味方という単純なものの見方をしてしまいがちです。そして現在、このような単純化が世界中で起きているように思います。
 しかし、私共の本当の敵は、自分の富や栄誉を手に入れれば幸いになれるという幻想。また、この敵をやっつければそれが手に入るとあおり立てる、偽りの情報。力で世界を敵を支配しようとする、支配出来ると考える神様抜きの世界観。十把一絡げでレッテルを貼り、愛の交わりを形作っていこうする者の試みを阻もうとする力。不安や敵意や憎しみをあおって、私共の心を暗い力で覆い尽くそうとする力、またそれを利用しようとしている者たちです。使徒パウロが、「わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。」(エフェソの信徒への手紙6章12節)と言っているとおりです。私共はこれをきちんと見極めて、聖霊なる神様の導きの中で愛と平和を求めていかなければなりません。
 先ほどお読みいたしました使徒言行録において、ペトロは牢に入れられており、御使いの導きによって、彼は牢から出ることが出来ました。また、その直前には、使徒ヨハネの兄弟ヤコブが殉教したことが記されています。使徒たちが捕らえられ、或いは殺される。そういう状況の中で、初代教会の人たちは、ユダヤ教の人々を敵と見なして戦ったのではありませんでした。彼らは集まり、祈ったのです。そして、ユダヤ人にも伝道していきました。敵を見誤ることはありませんでした。

6.祈って、神様から力を得る
 サムソンはロバのあご骨で、ペリシテ人を千人を打ち殺しました。この数字をそのまま受け取る必要はないと思いますけれど、大変なことをサムソンはやってのけました。しかし、それで終わりではありません。その後、彼は神様に祈るのです。18節b「あなたはこの大いなる勝利を、この僕の手によってお与えになりました。しかし今、わたしは喉が渇いて死にそうで、無割礼の者たちの手に落ちようとしています。」彼はもの凄いことをしたわけですし、聖霊なる神様によって為された業でしたが、彼は喉が渇いて、疲れ果ててしまったのです。神様に用いられているならば疲れることはない。そんなことはありません。聖霊を与えられ、神様に用いられても、疲れ果ててしまうことはあります。その時は休めば良いのです。サムソンは喉が渇いて、疲れ果てて、もうダメだ、となった。その時、彼は神様に助けを求めました。神様は窪地を裂き、そこから水が湧き出るようにしてくださいました。サムソンはその水を飲んで元気を取り戻しました。神様に仕える者は弱音を吐いてはいけない、なんてことはありません。正直に、神様に申し上げたら良いのです。神様は御言葉と出来事をもって、私共に力を与えてくださいます。

7.先駆者として
 そして15章は、「彼はペリシテ人の時代に、二十年間、士師としてイスラエルを裁いた。」と記して閉じられます。この書き方も独特です。他の士師には「ペリシテ人の時代に」という文言はありません。他の士師は敵をやっつけ、その士師がいる時代はイスラエルに平和があったと記されます。しかしここで、「彼はペリシテ人の時代に、二十年間、士師としてイスラエルを裁いた。」とあるのは、ペリシテの時代、ペリシテの支配が終わらなかったからでしょう。サムソンの役割は、「ペリシテ人の手からイスラエルを解き放つ救いの先駆者」という役割でした。これが成されるのは、最初に申し上げましたようにダビデ王の時代です。つまり、サムソンは、ダビデ王によって与えられるペリシテ人からの解放の先駆者として神様によって遣わされた者だということです。
 私共も実は先駆者なのです。主イエス・キリストが来られて、世界が新しくされる時に完成される救いの先駆者です。私共は完全な形ではありませんけれど、その救いに先に与り、味わっている、世界の救いの先駆者です。サムソンの業はダビデの先駆けとなり、ダビデは主イエス・キリストの先駆けとなりました。そして、イエス様が全き救いの御業を為されました。そのイエス様はやがて来られます。私共はその救いの完成の先駆者として、今という時を歩んでいます。ですから、私共の眼差しは、イエス様が再び来られるその日に向けられているのです。

 祈ります。

 恵みに満ちたもう全能の父なる神様。
 今朝、あなた様は士師サムソンの為したことを通して、どんなに欠けを持っている者であっても、あなた様の御業のために用いられることを教えてくださいました。どうか、私共も御心のままに用いていってください。また、私共の霊の目を開いてくださり、敵を見誤ることがないように、冷静さと知恵とを与えてください。祈りつつ、あなた様の導きを信じて、為すべき務めを、この一週もあなた様の御前に誠実に為させてください。疲れた時には必要な休みを与え、御言葉と御業をもって励まし、力を与えてくださいますように。私共の眼差しをイエス様が再び来られる日に向けさせ、今という時を歩ませてください。
 この祈りを私共の救い主、主イエス・キリストの御名によって祈ります。 アーメン

[2021年5月30日]