日本キリスト教団 富山鹿島町教会ホームページ|礼拝説教

礼拝説教

「満ちあふれる祝福」
創世記 22節11~18節
ローマの信徒への手紙 15章22~29節

小堀康彦 牧師

1.はじめに
 ローマの信徒への手紙を共々に読み進めてまいりまして、今朝与えられた御言葉においてパウロのこれからの伝道への思い、伝道計画が告げられています。そして、このことがパウロがこの手紙を記した理由であると考えられています。先週見ましたように、15章19~20節で「こうしてわたしは、エルサレムからイリリコン州まで巡って、キリストの福音をあまねく宣べ伝えました。このようにキリストの名がまだ知られていない所で福音を告げ知らせようと、わたしは熱心に努めてきました。」とパウロは記します。「エルサレムからイリリコン州まで」というのは、当時のローマ帝国の東の半分を指している表現です。距離にすれば2000kmほど、日本に当てはめれば北海道から沖縄までの距離です。パウロはそこを伝道しました。大変なことです。その結果、23節で「今は、もうこの地方に働く場所がなく」なったというのです。もちろん、まだイエス様の御名を知らされていない人々がほとんどでしたし、まだキリストの教会・イエス様を信じる者たちの群れが出来ていない町もたくさんありました。しかし、パウロの思いは、「キリストの名がまだ知られていない所」に行って伝道する、それが自分に与えられた使命であると受け止めておりました。今までもそうしてきたし、これからもそうしたい。そうすることが自分がイエス様に召されたことに応えることだと受け止めておりました。ですから、これからはローマ帝国の西の半分の方に伝道に行く、それが自分の使命だと考えました。そのために、ローマの教会の人たちには、その伝道を支えて欲しい、自分をローマの西、具体的にはイスパニア(現在のスペインです)へと派遣して欲しい。そう申し出ているわけです。イスパニアは当時の人々にとって、西の果てです。地中海を出て大西洋を西にどんどん進んで行けば南北のアメリカ大陸があることなど、当時の人々は知りません。イスパニアは西の地の果てでした。それでは、そこまで伝道したいというこのパウロの願い、パウロの伝道計画は実現したかと言いますと、色々議論がある所ではありますけれども、実現はしなかったと考える人が多いのです。パウロがこの手紙を書いているのは、第三回目の伝道旅行の途中、コリントにおいてであると考えられています。これからパウロは、諸教会からのエルサレム教会への献金を携えてエルサレムに行きます。そして、そこで捕らえられてローマに護送されることになります。ローマに行くことにはなるのですけれど、それは囚われの身となってです。使徒言行録の最後を見ますと、パウロはローマでも伝道したようですけれど、皇帝ネロによって殉教したということから、この計画は実現しなかったと考えられているわけです。このことから、幾つものことを考えさせられます。

2.神様の計画と人間の計画
第一には、「神様の計画と私共の計画が一致するとは限らない」ということです。パウロはローマ帝国の東の地域を伝道しました。それは困難な日々ではありましたけれど、神様の守りと支えの中で為されていきました。何度も命を落としそうにもなりましたけれど、守られました。そのパウロが、次は西の果てであるイスパニアにまで伝道の足を伸ばしたいと考えている。それに対しては、パウロだけではなくて、パウロの同労者も、パウロの伝道によって生み出された教会の人々も、「それは御心に適ったことだ。」とみんなが受け止めたに違いありません。これが御心に適っていないはずがない。そして、この務めにパウロほどの適任者がいるとは思えない。人々はそう思ったでしょう。そして、この手紙を受け取ったローマの教会の人々も、そう思ったでしょう。しかし、そうはならなかった。このことは、神様の御計画というものは、私共の思いを超えたものだということを示しています。キリスト者は、そしてキリストの教会は、この神様の御心、神様の御計画というものがあるということ、そして御心だけが堅く立つということをしっかり受け止めなければなりません。このことをよく弁えていませんと、いつの間にか、自分の計画や自分の業を、神様の御計画、神様の御心だと考えてしまうことになってしまいます。それは自分が神様になってしまうということです。パウロはそのことを弁えていると思います。彼は伝道者としての歩みの中で、そのようなことを何度も経験していたからです。
 22節でパウロは、「こういうわけで、あなたがたのところに何度も行こうと思いながら、妨げられてきました。」と告げます。しかも、23節「何年も前からあなたがたの所に行きたいと切望して」いました。でも、出来なかった。誰が妨げたのでしょうか。サタンでしょうか。そう考える人もいます。しかし、どんなにサタンが妨げようとしても、神様の御心ならば阻止することなど出来るはずがありません。ということは、最終的には「神様が」ということになりましょう。神様が妨げたのです。パウロはこのようなことを、第二回の伝道旅行において経験していました。使徒言行録16章6~8節に、「さて、彼らはアジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられたので、フリギア・ガラテヤ地方を通って行った。ミシア地方の近くまで行き、ビティニア州に入ろうとしたが、イエスの霊がそれを許さなかった。それで、ミシア地方を通ってトロアスに下った。」とあります。地名がたくさん出てきて分かりにくいのですが、聖書の巻末の地図8にパウロの伝道旅行の地図がありますので、それを見ますとこういうことだと分かります。小アジア、現在のトルコですが、パウロはその内陸を通って伝道して行こうとしたけれど「聖霊から禁じられた」。それで北に進路を変えて行こうとしたけれど「イエスの霊」、これも「聖霊」のことですけれど、それも許されなかった。それでトロアスまで来た。前は海。北に行くことも引き返すことも聖霊なる神様に禁じられ、パウロたちはどうすれば良いのか、進退窮まりました。その時、神様はパウロに幻を見せます。それは、エーゲ海を渡ったところのマケドニア人が「わたしたちを助けてください。」と言う幻でした。それで、パウロはエーゲ海を渡り、フィリピの町で伝道をしたのです。これが、イエス様の福音が最初にアジアからヨーロッパに伝わった時です。
 このように、パウロは具体的な伝道の歩みにおいて、「これが御心に適ったことだ」と信じて行っても、神様の御心は別の所にあるということを、何度も知らされてきたのだろうと思います。このような経験をしたことのない伝道者は一人もいません。

3.教会が受け継いだ
 しかし、だったらパウロの伝道計画、伝道の志は露と消えたのでしょうか。そうではありません。ここで示される第二の点は、「パウロの志はキリストの教会に受け継がれていった」ということです。今ではヨーロッパの国々はキリスト教国となっていますけれど、それはキリストの教会が伝道し続けたからです。キリストの福音が自然に広がっていくなんてことはありません。伝道したから広がっていったのです。パウロの伝道計画は、パウロ個人だけを見れば実現しなかったということになりましょう。しかし、その後何百年にわたってキリストの教会は伝道し続けました。西ローマ帝国にある教会は西に、東ローマ帝国にある教会は東に伝道していきました。ローマ帝国中にキリスト教が伝えられ、ローマ帝国の国教にまでなりました。けれども、伝道はそれで終わったのではありません。その後、ゲルマン民族大移動によって西のローマ帝国は崩壊します。これは大変なことでした。しかし、キリストの教会は、ローマ帝国を滅ぼしたゲルマン人たちに対してキリスト教を伝道し続けたのです。パウロによって始められた異邦人伝道の業は途切れることがありませんでした。それは、彼の志、伝道のビジョンが、神様によって与えられたものだったからです。神様の、すべての者を救おうとする御心は、今も変わりません。キリスト教の歴史において19世紀は「偉大な伝道の世紀」と呼ばれます。それは、欧米の宣教師たちが続々とアジア、アフリカに遣わされたからです。この日本にも遣わされて来ました。その結果、私共は今日、このように主の日の礼拝を守り、神様に「父よ」と呼ぶ者とされているわけです。パウロに与えられた伝道のビジョンは、パウロによって実現されなくても、代々の教会が受け継ぎ、一歩一歩進んできました。そして、今も進んでいます。私共はその最前線に立っているのです。
 ここで大切なことは、パウロの考えていたこと、そして教会が受け継いだ神様に与えられた幻、伝道の志、それは「世界伝道」であったということです。もちろん、私共の伝道は私共が出会う具体的な一人の人との関係の中で為されていきます。しかしそれは、「世界伝道」の最前線での出来事であるということです。それは、キリストの教会が、キリストの体である公同教会だからです。キリストの教会は、世界に広がり歴史を貫く、ただ一つの教会だからです。私共が為す伝道は、神様の「世界伝道」という御業に仕えるものです。教会の伝道は企業の営業とは違います。企業の営業は、自分の企業の利益のために行われるものです。しかし、伝道はそうではありません。神の栄光のために、神様の救いの御業にお仕えするものです。キリストの体である公同教会を建てていく業に仕える業なのです。

4.援助=キリストにあっての交わりのしるし
 そのことは、今朝与えられた御言葉にもはっきり示されています。ここで第三に示されることは、「キリストの教会は一つに結ばれた交わりである」ということです。24節でパウロは、「イスパニアに行くとき、訪ねたいと思います。途中であなたがたに会い、まず、しばらくの間でも、あなたがたと共にいる喜びを味わってから、イスパニアへ向けて送り出してもらいたいのです。」と記すのですけれど、すぐその後25~28節で、「しかし今は、聖なる者たちに仕えるためにエルサレムへ行きます。マケドニア州とアカイア州の人々が、エルサレムの聖なる者たちの中の貧しい人々を援助することに喜んで同意したからです。彼らは喜んで同意しましたが、実はそうする義務もあるのです。異邦人はその人たちの霊的なものにあずかったのですから、肉のもので彼らを助ける義務があります。それで、わたしはこのことを済ませてから、つまり、募金の成果を確実に手渡した後、あなたがたのところを経てイスパニアに行きます。」と告げています。パウロはマケドニア州とアカイア州の教会、つまりギリシャの教会ですが、これらの教会はパウロが伝道した教会でした。パウロは、エルサレム教会の人たちを援助するために集めた献金を渡すために、エルサレムに行かなければならないと言っています。エルサレムにはユダヤ教徒しかいません。エルサレムの教会の人々は、そのような状況の中でキリスト者として歩んでいる。中々厳しい状況の中にあったことが想像出来ます。エルサレムの教会はユダヤ人キリスト者がほとんどでした。そして、ギリシャの教会の多くは異邦人キリスト者が多いわけです。異邦人キリスト者とユダヤ人キリスト者との間には、確かに確執がありました。しかし、エルサレム教会が最初の教会であり、キリストの福音はここから伝えられていったわけですから、エルサレム教会が異邦人たちの教会にとっても母なる教会であることは間違いありません。異邦人キリスト者はイエス様の福音によって救われました。それは、「霊的なものにあずかった」ということです。それ故に「肉のもの」、つまり目に見える物質的なもの、この場合は援助の献金ですが、パウロは異邦人の教会にはそれをする義務があると言います。そして、ギリシャの教会はそれに「喜んで同意した」。この献金・募金には、キリストの体である教会の一致、一体性の具体的なしるしです。世界伝道は、この世界の教会との一致、交わりを前提として為されていきます。
 先週の週報には、今年のクリスマス対外献金の送り先が記されています。これも、キリストの体の一致・一体性の中で為されるものです。教団・教区・地区の負担金も同じです。この「負担金」という言い方は、その意味を誤解させるので私は好きではありません。それらはそれぞれの活動をするための資金として用いられるわけですけれど、その活動とは「世界伝道」なのです。意味はギリシャの教会がエルサレムの教会のために募金したのと同じです。一つのキリストの体に連なる交わり、その交わりのしるしとして捧げられるものなのです。すべては世界伝道に仕えるために捧げられるものなのです。

5.目の前のことをやる
 第四に示されることは、「目の前のことをちゃんとやる」ということです。今お読みした所でパウロは、ローマに行って、更にはイスパニアへの伝道へと行きたいのだけども、今はエルサレムに行かなければならないと記しています。多分、この手紙が書かれたのはコリントにおいてではないかと考えられていますので、エルサレムに行くには東に向かわなければなりませんし、ローマに行くには西に向かって行かなければなりません。正反対の方向です。パウロはローマに行きたいのです。そして、更にイスパニアに行きたいのです。しかし、今はエルサレムに行かなければならないと言って、実際、エルサレムに行きました。それは、「目の前のやらなければならないこと」を放り出さなかったということです。当たり前のことですけれど、これは大切なことです。目の前のやらなければならないことは、やらなければならない。パウロは、それを放り出すようなことはしなかった。エルサレムの教会に献金を届けるのは、パウロじゃなくても良いではないか。他の人に代わってもらえば良かった。そのように考えることも出来るかもしれません。実際、そうすればエルサレムで捕らわれることもなかったし、無事にローマに行き、またイスパニア伝道も出来たでしょう。しかし、パウロはそうしませんでした。私は、この「目の前のことをちゃんとやる」ということの大切さを、パウロは身をもって教えているのではないかと思うのです。目の前の為すべきことを疎かにしてはならないのです。

6.あふれるキリストの祝福と共に
 最後に示されることは、「私共はあふれるほどの祝福と共にある」ということです。パウロは29節で、「そのときには、キリストの祝福をあふれるほど持って、あなたがたのところに行くことになると思っています。」と告げます。自分がローマに行く時には「キリストの祝福をあふれるほど持って」行くと言うのです。キリストの祝福はあふれていきます。私共の中に留まってなんかいません。外に向かってあふれていく。私共と出会う一人一人に向かって、キリストの祝福はあふれ出ていくのです。私共はこのあふれるばかりのキリストの祝福に与る者として招かれ、召され、生かされ、遣わされている。それがキリスト者なのです。
 では「キリストの祝福」とは何でしょう。イエス様の十字架によって罪を赦していただくこと。神様の子としていただくこと。神様との交わりに生きる者とされること。イエス様と一つに結ばれること。神様への信仰と神様の愛を受けること。永遠の命、復活の命に与ること等々、色々上げることが出来るでしょう。イエス様の救いに与った者に注がれる善きものすべてです。しかし、ローマの教会の人々はキリスト者でありますので、既にそれに与っていたはずです。パウロは更に何か別なものを携えて行くというのでしょうか。私はそうではないと思います。「キリストの祝福」というものは、パウロをはじめ、イエス様を信じて救われた者たちに等しく与えられているものです。では、パウロは何をローマの教会に持っていくと言っているのでしょうか。
 私はこういうことではないかと思っています。パウロは、ローマの教会に行って何をするかといえば、24節「あなたがたと共にいる喜びを味わう」ことです。共にイエス様に救われた幸いを分かち合う。その時、パウロはキリストの福音を、キリストの祝福を告げるわけでしょう。それは、パウロが伝道者として歩んだ日々の中で、彼が具体的な出来事として示されたこと、経験したことだったはずです。神様はパウロと共にいて、生きて働いてくださり、出来事を起こしてくださいました。パウロはそれを見て経験しているわけです。そこで語られることは、パウロによってしか語れない証言です。使徒言行録に記されている、パウロが経験した一つ一つの驚くべき出来事、そして異邦人がイエス様を信じる者にされた出来事。彼らがどのように変えられたのか、その出来事の報告、証言こそ、ローマの教会の人々にパウロが持っていく「あふれるほどのキリストの祝福」だったのではないでしょうか。
 そして、もう一つ大切なことがあります。それは、パウロがローマの教会に行き、そしてローマの教会がイスパニア伝道にパウロを派遣することによって、ローマの教会の人たちがパウロの世界伝道の業に参与することになるということです。つまり、キリストの救いの御業に参与することが出来る。これこそ、「あふれるばかりのキリストの祝福」なのです。私共は祝福と言えば、何か目に見える幸を神様からいただくことだと考えます。確かに旧約の中ではそのように受け取れる所もたくさんあります。また、先ほど申しましたような様々な祝福をキリスト者は既に与えられています。しかし、神様の祝福を受けることのもう一つの大切な面は、神様の救いの御業に参与し、用いられるということです。先ほど、アブラハムがイサクを捧げようとした時、神様がそれを止められて、御使いを通してアブラハムにこのように告げた所をお読みしました。創世記22章17~18節「あなたを豊かに祝福し、あなたの子孫を天の星のように、海辺の砂のように増やそう。あなたの子孫は敵の城門を勝ち取る。地上の諸国民はすべて、あなたの子孫によって祝福を得る。」アブラハムに与えられた祝福は、「子孫が天の星のように、海辺の砂のように増える」ということでした。これは、アブラハムにとって本当に嬉しい約束でした。しかし、このことは神様の方から見れば、もう一つの意味があります。アブラハムの子孫が増えるということは、「神の民」が増えるということです。つまり、神様の救いの業が広がっていくということです。キリストの祝福とは、この神様の救いの御業に用いられることです。私共はこの祝福に与る者として召されています。本当にありがたいことです。

 お祈りいたします。

 主イエス・キリストの父なる神様。
 あなた様は私共を召し、キリスト者としてくださいました。あなた様の子・僕として生きる者としてくださいました。一切の罪を赦していただき、新しいイエス様の命に生きる者としてくださいました。どうか、このあなた様の祝福の中に生き切り、あふれるばかりのあなた様の祝福を受けて、隣り人にそれを注いでいくことが出来ますように。ただあなた様の御心が成っていきますように。
 この祈りを、私共の救い主、主イエス・キリストの御名によって祈ります。 アーメン

[2023年1月22日]