1.はじめに
私共は自分が集っている教会、この富山鹿島町教会がどのような教会なのかを誰かに紹介することがあります。紹介する相手がどのような人かによって、その紹介の仕方は変わるでしょうが、既に信仰を与えられている、或いは信仰を求めている、そのような方に紹介する場合、「私共の教会は長老教会です。」と紹介をすることがあります。私共の教会の信仰的伝統、教派的伝統は、長老派或いは改革派と呼ばれるものです。現在、私共の教会は日本基督教団に連なっていますが、日本基督教団は30余派の教派教会が合同したものですから、日本基督教団の教会ですと言っただけでは、私共の教会を十分に伝えることが出来ません。それで、「日本基督教団に連なる、長老派の教会です。」という紹介をすることがあります。もっとも、教会というものは実際にその教会の礼拝に集い、教会生活を共にしてみなければ分からない所がありますので、この紹介でどの程度のことが伝わるのかという思いもいたしますが、教会を紹介するという時にはやむを得ないことです。ただ、これは相手の人が教会というものの歴史や伝統についてある程度知っている場合です。そうでない場合は、「長老派の教会です。」と言ってもチンプンカンプンでしょうから、「伝統的なプロテスタントの教会です。」くらいになるでしょう。
今、長老派教会について丁寧にお話しするいとまはありませんけれど、教会の名前に「長老」という言葉が使われているのには意味があります。教師である牧師(これを宣教長老と言います)と信徒の中から選ばれた何人かの長老(これを会を治めると書いて治会長老と言います)で構成される長老会によって導かれていく教会ということです。来週の主の日の礼拝の後で、2024年度の定期教会総会が開かれます。その教会総会で一番大切なことは、長老が選挙されるということです。その選挙に神様の御心が現れると信じて、祈って、投票が為されます。
この長老会によって導かれる長老制度の教会というものは、スイスのジュネーブにおいてカルヴァンという人によって指導された宗教改革から生まれました。それがスイスからスコットランドやオランダに伝わり、更にそれがアメリカに渡り、そして明治時代に宣教師によって日本に伝えられました。その宣教師の中には、ヘボン式ローマ字で有名なヘボンさんがいます。このヘボンさんによって建てられた学校が明治学院大学です。北陸では北陸学院がそうですし、横浜のフェリス女学院、東京の女子学院、或いは大阪女学院、他にもありますが、これらが長老派教会の宣教師たちによって建てられた学校です。
2.長老とは
今朝与えられた御言葉には、長老たる者はこのようにしなさいという、長老に対する勧めが記されています。現在の私共の教会の長老とここに記されている長老は、全く同じというわけではありません。それは、この手紙が書かれたのがキリストの教会が生まれて間もない時であり、まだ教会の制度といったものが十分に整えられていたとは言えない時だったからです。しかし、私共の教会は、この聖書に記されている長老をモデルとして、聖書に記されているような教会を形作ろうとして生まれてきたし、今もそこを目指しているとは言えるでしょう。先ほどお読みしました民数記には、長老という言葉が出てきます。モーセによって率いられてエジプトを脱出したイスラエルの民には、既に長老という、神の民を治め、導く職務があったということです。もう3500年も前の話です。その時から、神の民には長老という職務があったわけです。
ここでペトロは1節で、「わたしは長老の一人として」と言っています。これは、ペトロが「自分も長老の一人である」という自覚を持っていたということです。ペトロはイエス様の直接の弟子である「十二使徒」の筆頭でした。使徒たちの権威は、その最初からキリストの教会で広く認められていました。しかしペトロは、「自分は使徒であって、各教会に立てられている長老たちとは違う」、そんな風には全く考えていませんでした。使徒と長老の間に、上下の関係はありません。長老同士の間でも、上下の関係はありません。勿論、各教会の長老たちは、使徒であるペトロの権威を認め、それを尊重しておりました。ですから、このような手紙が残っているわけです。しかし、ペトロ自身は、「自分も各教会において立てられている長老と同じだ。神様によって立てられた者として、神様から与えられた同じ務めを担い、同じ信仰に生き、同じ希望を与えられている。」そのように考えていました。これはとっても大切なことです。私共の教会においても、長老と牧師、或いは長老同士、更に長老と信徒の間で、上下の関係はありません。
ではペトロは、長老とはどのような者だと理解していたのでしょうか。最初に二つのことが挙げられています。第一に、長老は「キリストの受難の証人」であるということです。これは、イエス様の十字架の証人と言い換えても良いでしょう。それは、イエス様の十字架の意味、イエス様が私共の罪の裁きをすべて担って十字架にお架かりになった、だから私共は、ただ信じるだけで救われるという福音、この福音に生き、これを宣べ伝えている者だということです。第二に、「やがて現れる栄光にあずかる者」ということです。これは、復活のイエス様と似た者とされる者、つまりイエス様の救いに与って救われる者ということ、イエス様の永遠の命の栄光に与る者ということです。勿論、長老だけが救われるということではありません。長老たちが告げる福音を聞き、それを信じた者は誰でも救われます。長老は、その救いへと人々を招き、人々を導いていく務めを与えられ、立てられた者です。そして、ペトロは「わたしもその一人だ」と言ってるわけです。
3.長老の務め① イエス様に与えられた務め
では、ペトロが長老の第一の務めとして挙げているのは何でしょうか。それは「ゆだねられている、神の羊の群れを牧する」ということです。ここには旧約以来、ユダヤではお馴染みの、羊の群れとそれを養う羊飼いのイメージが使われています。神様の羊の群れ、それは第一には、各個の教会に集っているキリスト者のことです。その羊を牧する、つまり養い、育て、導くために立てられているのが長老です。しかし、この神の羊には、まだキリスト者になっていない羊、つまり神様の御計画の中では救われることになっているけれどもまだその時が来ていない人、それも含まれると考えるべきでしょう。ヨハネによる福音書10章16節において、イエス様はそれを「囲いに入っていない羊」と言われました。囲いに入っていない羊も含めて牧するようにと告げていると理解すべきでしょう。
ペトロにとってこの「神様の羊を養う」という務めは、復活されたイエス様から直接命じられた務めでした。ヨハネによる福音書21章15節以下の記事です。復活されたイエス様がペトロと出会い、ペトロに「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか。」と問われました。ペトロは、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです。」と答えます。するとイエス様はペトロに「わたしの小羊を飼いなさい。」と言われました。このイエス様とペトロのやり取りは、三回続けて為されます。イエス様に「わたしを愛しているか」と二度、三度と問われたペトロは、悲しかった。自分が「はい、主よ。わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と言っているのに、イエス様に信じてもらえていない。だから、二度、三度と自分に問うている。そうペトロは思い、悲しくなった。しかし、このイエス様が三度ペトロに「わたしを愛しているか」と問い、「はい、主よ。わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです。」とペトロに三度答えさせたのには理由がありました。それは、ペトロが「自分は信じてもらえていない」と考えたのとは、全く別の理由でした。イエス様が十字架にお架かりになる前の夜、イエス様は捕らえられ、大祭司の屋敷で最高法院によって裁かれました。その時、ペトロはその屋敷の中庭でイエス様のことを三度「知らない」と言ってしまいました。ペトロはイエス様を裏切ってしまった。もし、イエス様の弟子だと分かれば、その場で自分も捕らえられてしまう。そう思ったからです。そして、ペトロがイエス様を三度知らないと言ったときに、鶏が鳴きました。ペトロは数時間前に、「今日、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう。」とイエス様が言われたことを思い出して、泣きました(ルカによる福音書22章60~62節)。復活されたイエス様は、この時のペトロがイエス様を三度「知らない」と言った、あの言葉を自ら打ち消させ、赦し、ペトロに新しい務めを与える、そのために三度問われたのです。その上でペトロに与えられた務めが、「イエス様の羊を養う」という務めでした。ペトロは、この復活のイエス様に与えられた務めを、生涯の務めとして受け止めてました。そして、それは自分だけに与えられた務めではなくて、神様によって「長老」として各教会に立てられた人にも与えられている務めだと考えていました。
4.長老の務め② 神の羊の群れを養う
イエス様の羊、神様の羊を牧するとはどういうことでしょう。羊を養い、育て、導くために、羊飼いは毎日草のある所に羊の群れを連れて行かなければなりません。また、水を飲める所にも連れて行かなければなりません。そうしないと、羊は飢えて、渇いて、生きていくことが出来ません。これは、神の羊であるキリスト者にとってはどういうことになるでしょうか。生きるための草や水。それは聖書の御言葉であり、信仰による神様との交わりであり、救いの完成の希望です。それを神様の羊の群れに与え続けていく。それが羊の群れを養い、育て、導くということです。それは霊の養いと言っても良いでしょう。
先週も申し上げましたけれど、この手紙は、キリストの教会が迫害される時代に、その迫害を受けているキリストの教会に宛てて記されました。そのような状況の中で教会を任されていた長老たちは、どれほど辛い思いをしていたでしょう。どのように励ませば良いのか途方に暮れる時もあったでしょう。ペトロも同じ思いを何度もしたと思います。そこでペトロは、「あの十字架のイエス様を思い起こそう。あの復活のイエス様を思い起こそう。イエス様が今、天の父なる神様の右におられることを思い起こそう。そして、そのイエス様を伝えよう。そのイエス様が共におられ、導いてくださっていることを、羊たちに語っていこう。伝えていこう。」そう勧めました。
私は、使徒パウロが、我が子のような若き伝道者テモテにこう告げた言葉を思い起こします。「御言葉を宣べ伝えなさい。折が良くても悪くても励みなさい。」(テモテへの手紙二4章2節)ペトロもパウロも、同じ心で歩んでいました。いえ、ペトロやパウロだけではありません。代々の聖徒たちは皆、この心をもって地上の歩みを為して来ました。
5.若い人は長老に従う
では、この長老たちから霊の養いを受ける者はどうあれば良いのでしょう。5節で、「同じように、若い人たち、長老に従いなさい。皆互いに謙遜を身に着けなさい。」と告げられています。ここで「若い人たち」というのは、「長老」が実際の高齢者を指しているわけではないように、これも年齢が若い人ということではなくて、長老によって養いを受け、導かれる人ということでしょう。そこで第一に求められていることは、「長老に従う」ということです。第二に「互いに謙遜を身に着ける」ということです。この二つは深く関係しています。同じことを告げていると言っても良いほどです。謙遜でなければ、長老の言葉に従うことは出来ないからです。日本の文化には「長幼の序」というものがあります。これは儒教の言葉、考え方ですけれど、私は、これを聖書的にも受け止めることが出来ると考えています。信仰において導いてくれる人の言葉、教会の教え、信仰のあり方は重んじられなければならないからです。しかし、それは長老が自らの権威を振り回して良いということでは、全くありません。聖書が告げているのは「互いに謙遜」でなければならないということです。理由は簡単です。イエス様が謙遜に歩まれたからです。このイエス様に従っていくのがキリスト者の歩みですから、互いに謙遜であることは必須のことです。しかし、この謙遜であるということは、本当に難しい。
長老は、長く長老をしているなかで、それに慣れてしまうということが起きます。自分が長老として立てられたことが、どんなに有り得ない、恵みと栄光に満ちたことなのかを忘れて、当たり前のように受け止めてしまう。それは牧師も同じです。私は伝道者になって37年になりますけれど、本来「そのような者になり得ない者」です。あり得ないことです。それが、こうして主の日の度ごとに講壇に立ち続けることが許されてきた。これは本当に驚くべきことです。ただ、神様の憐れみでしかありません。キリスト者はみんなそうです。本来、神様の子とされるはずがない者です。それがただイエス様の十字架の故に、ただ神様の憐れみの故に、神様の子としていただき、永遠の命の希望に生きる者としていただきました。本当にありがたいことです。私共はイエス様、神様の御前に立てば、本当に小さく、愚かで、身勝手な者でしかないことをはっきり示されます。しかし、神様の御前から離れてしまいますと、すぐにそれを忘れてしまう。ですから、お互いに謙遜にされていくためには、神様、イエス様の御前に共に立つしかありません。そこにしか、私共が互いに謙遜にされる場はありません。6節で、「だから、神の力強い御手の下で自分を低くしなさい。」と告げられていますが、それは神様が私共の罪を赦してくださり、新しい命に生かしてくださっている、その神様の御手の中で、私共は自らを小さく、低く、謙遜になれるということです。そして、そのように歩み続ける者は、「かの時には高めていただけます。」と告げられています。「かの時」、つまりイエス様が再び来られる時です。その時、私共は高めていただける。そこに眼差しを向けようと告げているわけです。
6.自発的に、献身的に、模範として
さて、長老たちが神様の羊を養っていく時に、ペトロが勧めていることが幾つかあります。順に見てみましょう。
まず2節b「強制されてではなく、神に従って、自ら進んで世話をしなさい。」と告げられています。長老が為すべき務めは神様に与えられたものですが、神様はあれをしなさい、これをしなさいとこまごまと言われるわけではありません。ですから、とても自由度が大きいのです。牧師の務めを考えましても、どうしてもしなければならないことは、主の日の礼拝の説教くらいのものです。だったら、「それ以外の日はのんびりしていられて良いですね。」となるかと言いますと、中々そうもいきません。私などはいつもお尻に火がついた状態です。自分でも、どうしてこんなにやってもやっても、やらなければいけないことが減らないのかと思います。しかし、どれも誰かに強制されて、やらされているわけではない。神様に従う自分が為すべきことと受け止めて、長老会の決議に従ってやっているわけです。ですから、誰にも文句は言えません。ちなみに、主任牧師は宗教法人の代表役員ですから、労働基準法の対象外です。
そして、その営みは2節c「卑しい利得のためにではなく献身的にしなさい。」と勧められています。長老が務めを果たすのは、生活のためではありません。神様に仕えるためであり、それは我が身を神様に捧げる信仰の業として為されなければならないわけです。宣教長老である牧師は、謝儀を教会からいただいていますけれど、それは給料というわけではありません。この世的には、税金や健康保険などが源泉徴収されますので、給料と同じ扱いになりますけど、謝儀は労働の対価としてではなく、霊の養いに対しての感謝として呈されるものだということです。
3節「ゆだねられている人々に対して、権威を振り回してもいけません。むしろ、群れの模範になりなさい。」とあります。先ほど申しましたように、長老も謙遜でなければなりません。権威を振り回さず、群れの模範になるように歩むことが求められています。「群れの模範」というのは、中々厳しい言葉です。このように告げられますと、「とても自分は長老にはなれない。」とか「長老じゃなくて良かった。」などと考えてしまう人がいるかもしれません。確かに、先ほども申し上げましたとおり、私共の誰であっても「長老に相応しい」という人はいません。誰もが欠けがありますし、「群れの模範」と言われてもとても自分には無理だと思う。逆に、「私は長老に相応しい。」と思うような人では困るわけです。「自分は相応しくないと思う」ということも含めて、長老は「群れの模範」なのです。この模範というのは、「ただ神様の憐れみによって生かされている」「神様を愛し、隣人を愛している」「神様に仕え、隣人に仕えている」、その信仰の歩みにおいて「模範」だということです。信仰において、神様を愛することにおいて、神様に従うことにおいて、真剣だ、純情だということです。
7.栄光に与るために
そして、長老は何よりも明確な信仰による希望を持つことが必要です。ただ希望によってのみ、長老は群れを慰め、励ますことが出来るからです。その希望とは、4節「大牧者がお見えになるとき、あなたがたはしぼむことのない栄冠を受けることになります。」という希望です。「大牧者がお見えになるとき」とは、イエス様が再び来られる時ということです。その時、「しぼむことのない栄冠」つまり、イエス様に似た者に変えられ、永遠の命、復活の体をいただくことになる。そこに希望があります。ペトロはこの希望を告げることによって、長老たちを励まそうとしています。ペトロが告げるこの希望を思い起こし、これによって自分が慰められ、励まされることによって、自分たちがどこに向かっているのか、どこを目指しているのかがはっきりします。そして、この希望によって群れ全体を励まし、慰めることが出来る。もし、この希望によって自分自身が慰められ、励まされることがなければ、神様に委ねられている羊を励ますことは決して出来ません。しかし、この希望がはっきりするならば、どのような状況にある人に対しても、長老は慰めの言葉、励ましの言葉を持つことが出来ます。ペトロは実際に迫害にあっているキリスト者たちのために、この手紙を書きました。この手紙を受け取った教会は慰められ、励まされました。それだけではありません。この手紙によって、二千年の間、困窮した現実に直面した多くのキリスト者たちが慰められ、励まされてきました。代々の聖徒たちはこの希望、「大牧者がお見えになるとき、あなたがたはしぼむことのない栄冠を受けることになる」、ここに眼差しを向けて、困難な現実を忍耐し、乗り越えてきました。私共も、この希望をはっきり心に刻んで、眼差しをそこに向けて、与えられたこの地上の馳せ場を走り抜いて行きたいと思います。
お祈りします。
恵みと慈愛に満ちたもう、全能の父なる神様。
あなた様は今朝、聖書の言葉を通して、私共が眼差しをどこに向けていくのかということを、はっきり示してくださいました。ありがとうございます。私共が、イエス様が再び来られるその日に与えられる栄冠を仰ぎ、この地上にあって為すべきことを、感謝と喜びをもって為していくことが出来ますように。私共が傲慢になることなく、互いに謙遜に、相手を重んじて、互いに愛し合い、仕えあっていく交わりを形作っていくことが出来ますように。特に、長老として召し出され、立たされている者たちを祝福してください。
この祈りを、私共の救い主、主イエス・キリストの御名によって祈ります。 アーメン
[2024年4月21日]