1.はじめに
今日から「ペトロの手紙一」によって御言葉を受けていきます。この手紙は、新約聖書の中でも公同書簡と呼ばれる七つの手紙、つまりヤコブの手紙、ペトロの手紙一、二、ヨハネの手紙一、二、三、ユダの手紙という七つの手紙に分類される内の一つです。これらの手紙が公同書簡と呼ばれる理由は、誰か特定の人々に宛てて書かれたというよりも、公同教会に連なるすべての者に向かって記されている、そのような内容になっている手紙だということです。特にこの手紙は、使徒の筆頭であるペトロが記したということですから、大変重んじられてきました。ただ、最近の研究では、ペトロ自身が記したというよりは、ペトロに近しい者がペトロの意を汲んで記したと考えられています。ペトロはガリラヤの漁師でしたから、この手紙を書けるほどギリシャ語を巧みに操ることは出来なかったのではないかと考えられるからです。具体的には、この手紙の最後に出てくるシルワノ、これはラテン語名で、ギリシャ語ではシラスですが、彼が書いて、ペトロに託されてこの手紙を届けたのではないかと考えられます。或いは、同じくこの手紙の最後に記されているマルコが書いたとも考えられています。しかし内容的には、ペトロが記したと考えて良いでしょう。
では、この手紙はどのような意図・目的で記されたのでしょうか。この手紙が書かれた時、キリスト者たちはとても厳しい状況に追い込まれていました。ローマ帝国による大規模な迫害はまだ始まっていなかったと考えられますが、キリスト教或いはキリスト教徒に対する民間レベルでの差別、嫌がらせ、不当な扱いといったものが広がっていました。キリスト者たちが地域社会からつまはじきにされるという事態が起きていて、経済的にも、仕事の上でも、社会生活の上でも不利益を受ける。そのような状況に置かれているキリスト者たちを何とか慰め、励まし、信仰をしっかり守るように支えるために、この手紙は書かれたと考えられています。このような状況は、日本における先の大戦中、或いは戦前のキリスト者たちが置かれた状況を思い起こせば、良く分かるのではないかと思います。
使徒の筆頭であるペトロには、そのような人たちを慰め、励ます責任がありました。それは使徒の筆頭という立場上のことだけではありません。イエス様は、ペトロが三度イエス様を知らないと言うと予告された時に、ペトロに対してこう告げられました。「シモン、シモン、サタンはあなたがたを、小麦のようにふるいにかけることを神に願って聞き入れられた。しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈った。だから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」(ルカによる福音書22章31~32節) 困難の中で信仰を失いそうになっている兄弟たちを力づけることは、ペトロがこの言葉によって、イエス様から直接命じられていたことだったのです。ペトロは生涯、イエス様を三度知らないと言ったあの日の出来事を忘れることはありませんでした。そして、その日イエス様に告げられたこの言葉も、忘れることはなかった。ですから、ペトロはこの手紙をどうしても書かなければならなかった。そして、そのような意図をもって記されたこの手紙は、長いキリスト教会の歴史の中で、困難な状況の中に置かれたキリスト者たちをどんなに励まし続けてきたことか。私共もこの手紙を読み進めながら、代々の聖徒たちが受け止めてきた慰めと励ましを、共に受けていきたいと願っています。
2.離散している人々(ディアスポラ)へ
さて、この手紙を受け取った人々は、1節にありますように「ポントス、ガラテヤ、カパドキア、アジア、ビティニアの各地」にいる人々でした。教会という言葉は用いられていませんけれど、各地にいるキリスト者、またその群れである教会に宛てて書かれました。ここに挙げられている地名は、「小アジア」にある地方の名前です。「小アジア」はアナトリアとも言われ、地図を思い浮かべていただきますと、北を黒海、西をエーゲ海、南を地中海に挟まれた地域です。現在のトルコ共和国のアジア側の半島部分にあたります。そして使徒言行録にありますように、パウロたちによって伝道された地域です。東西800㎞、南北500㎞くらいあり、とても広い。そこに小さなキリスト者の群れが点在していて、幾つくらいあったのか分かりませんけれど、その一つ一つの群れを巡るようにして、この手紙は届けられ、読まれていったと思います。それは本当に大変なことでした。何ヶ月もかかったに違いありません。或いは一年以上かかったかもしれません。この手紙を託されたシルワノ、或いはマルコは、どんなに大変でも、どんなに困難でも、この手紙を携えて行って、ここに記されている慰めを、励ましを伝えないわけにはいかなかった。彼らも、ペトロと同じ思いでこの手紙を届けたに違いありません。
この手紙を受け取った人たち、つまりこの手紙の宛先ですが、それは小アジアの色々な所に「離散して仮住まいをしている選ばれた人たち」でした。この「離散している人々」というのは「ディアスポラ」という言葉です。聞いたことがあるかもしれません。元々この言葉は、当時の世界中に散っていたユダヤ人を指す言葉です。ユダヤ人の歴史は、紀元前8世紀のアッシリア帝国に始まり、バビロニア帝国、ペルシャ、シリア、ローマと様々な強大な国に支配され続けました。その歴史の中で、多くのユダヤ人が世界中に散らされていきました。彼らは、エルサレムから遠く離れたところに住んでいようと、自分はユダヤ人であるという自覚を持って生きていました。その一つの表れがエルサレム巡礼でした。このことは、使徒言行録の2章にありますペンテコステの出来事があった日に、世界中からユダヤ人が来ていたことからも分かります。その離散しているユダヤ人のように、世界中に散らされているキリスト者たちに宛ててこの手紙は記されました。この離散したキリスト者は、民族的には色々だったと思います。ユダヤ人もいれば、ギリシャ人もいたでしょうし、ローマ人もいた。アフリカ系の人たちもいたでしょう。しかし、みんなキリスト者という、同じ神の民だ。そう言っているわけです。そして、その離散したキリスト者はみんな「仮住まい」をしている。ディアスポラのユダヤ人のように、エルサレムのある本国から離れて生活しているけれど、いつかは本国に帰れることを願ってその地で生活している。キリスト者も同じだというのです。ではキリスト者の本国はどこにあるのでしょうか。それは天の国です。「わたしたちの本国は天にあります。そこから主イエス・キリストが救い主として来られるのを、わたしたちは待っています。」(フィリピの信徒への手紙3章20節)と言われているとおりです。本国は天にあるキリスト者たちが、色々な所に散らされて、仮住まいの生活をしている。やがては本国である天の御国に帰る日を待ち望みつつ、地上での生活をしているキリスト者たち。その人たちに宛てて、この手紙は記されました。
どうしてキリスト者はそんな辛い目に遭ったのか。この手紙が書かれた時代よりもだいぶ後になりますけれど、ローマの有名な何人もの文筆家がこのようにキリスト者を批判しています。「キリスト者は不信仰者である。」キリスト者が不信仰者? この言葉を初めて読んだ時、何を言っているのか、私はさっぱり分かりませんでした。でも、この言葉が語られた理由はとても簡単です。ギリシャ・ローマの信仰は多神教です。日本の神道と同じように、火の神、雨の神、雷の神、風の神、沢山の神々がいる自然宗教です。そして、その神々に季節ごとに祭りを行う。町をあげて行う。しかし、キリスト者はただ独りの神様を信じていますので、そのような偶像を拝むことはしないわけです。それが「不信仰者だ。」「共同体の秩序を乱す者たちだ。」と言われた理由です。きっと、キリスト教についてよく分からないので、そのような非難がされたのでしょう。私も前任地で、秋祭りの時にしめ縄を教会にも張ろうとするので、やめていただいたことがあります。お祭りの献金を求められたこともあります。「キリスト教会なんで出来ないんです。」と言いますと、「堅いこと言わないで。クリスマスの時はわたしらも献金しますから。」と言われて笑ってしまいました。悪気はないのですけれど、中々厳しいですね。でも、「本国は天にあり」ということをしっかり受けとめて、私共もこの地上での歩みを為していかなければなりません。
3.選ばれた人たち
そして、キリスト者は「選ばれた人たち」だと告げます。勿論、選んでくださったのは神様です。私共が神様を選んだのではありません。神様が私共を選んでくださいました。イエス様が「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。」(ヨハネによる福音書15章16節)と言われたとおりです。この神様の選びによって、私共はどのような恵みを受け、どのような者とされたのでしょうか。2節で「あなたがたは、父である神があらかじめ立てられた御計画に基づいて、“霊”によって聖なる者とされ、イエス・キリストに従い、また、その血を注ぎかけていただくために選ばれたのです。」と告げられています。気付かれたでしょうか。ここには、明確に三位一体の神様の御業が告げられています。三位一体という言葉はありませんけれど、父・子・聖霊なる神様の御業によって、私共に救いの恵みが与えられたと聖書は告げています。順に見てみましょう。
第一に、父なる神様です。私共キリスト者は「父である神があらかじめ立てられた御計画に基づいて」選ばれました。この神様の御計画に基づく選びは、「天地創造の前に、…お選びになりました。」(エフェソの信徒への手紙1章4節)とあります。これは、私共の何にもよらず、ただ神様の御計画、神様の御心によってキリスト者は選ばれたということです。私共が善人であったからでも、真面目であったからでも、信仰深かったからでもありません。何しろ、天地創造の前に選ばれたのですから、私共が生まれる前、存在する前のことなのですから、私共の側に根拠があるはずがありません。ですから、私共は自分が選ばれたということに対して、誇るところなど何一つありません。ただ、私共を選んでくださった父なる神様に感謝し、御名を誉め讃えるばかりです。そして、ここでもう一つ大切なことは、神様が選ばれた以上、失敗はないということです。神様は間違いません。神様はその全能の御力をもって、御自身が為された選びが御心に適う完成へと至るように導かれます。神様は選びっぱなしではありません。その選びが御心に適う完成へと至るために、聖霊を送り、イエス様を送られました。そして、私共の救いの選びは必ず完成します。
第二に、聖霊なる神様です。私共は「“霊”によって聖なる者とされ」るように選ばれました。「聖なる者とされる」とは、神様のものとされるということです。聖なる方は神様しかおられません。聖霊なる神様によって、私共は聖なる神様のものとしていただきました。聖なる神様のものとされたから、私共は聖なる者なのです。聖なる神様のものとされたのですから、私共は最早悪しき霊によって支配される者ではありませんし、自分の罪に支配される者でもありません。ただ神様の御支配の中に生きる者とされました。私共は聖霊を注がれ、信仰を与えられ、洗礼に与り、神様のものとしていただきました。そして、聖霊なる神様の導きによって、神様の御心に適う歩みへと導かれていきます。勿論、完全に御心に適う者に、あっという間に変えられるということではありません。この聖なる者へと変化し続けていく先にあるのが、神の国の完成です。歴史は、ただ偶然の産物としてあるわけではありません。そのように私共の目には見えるかもしれませんけれど、聖霊なる神様のお働きの中で、御国に向かって世界の歴史・宇宙の歴史は進んでいます。そのような時の中で私共は生きているのです。
第三に、主イエス・キリストです。キリスト者は「イエス・キリストに従い、また、その血を注ぎかけていただくために選ばれ」ました。「その血を注ぎかけていただく」とは、イエス様の十字架の血潮によって、一切の罪を赦していただくということです。私共はこのイエス様の十字架の救いに与るために選ばれました。そして、私共はイエス様に従う者としていただきました。イエス様の十字架の贖いに与りながら、イエス様の十字架によって罪赦されていながら、イエス様に従わないということはあり得ません。イエス様によって罪を赦していただいたのならば、イエス様の御言葉に従い、イエス様の歩みに従う者となります。私共は、洗礼によってキリストと一体とされたのですから、私共の命は、イエス様の命と一つです。ですから、イエス様の言葉と歩みは、私共の命の有りようを決定づけることになります。良いこと、嬉しいこと、美しいこと、正しいことは、イエス様の言葉やその姿や歩みによって私共に示されます。その主に従うことこそ、良いこと、嬉しいこと、美しいこと、正しいことに他なりません。
4.恵みと平和
最後に、この挨拶の部分の最後の所を見ます。ペトロは神様によって選ばれ、救いに与ったこのキリスト者たちに「恵みと平和が、あなたがたにますます豊かに与えられるように。」と告げて、挨拶を閉じます。この「恵みと平和」を祈る、恵みと平和があるようにと祝福の言葉を告げる。それはパウロの手紙と同じです。これは注目すべきことです。パウロもペトロも、この恵みと平和の祝福を告げることなく、手紙を書くことは無かった。それは、この挨拶がパウロのオリジナル、或いはペトロのオリジナルということではなくて、初代教会においてこの挨拶が当たり前になっていたということでしょう。当時の手紙の書き方では、最初に差出人・宛先を記して、後は「よろしく」と記していました。しかし、キリストの教会においては、「よろしく」ではなくて「恵みと平和」を祈る、祝福を告げるようになった。これはキリストの教会によって新しく形成された文化です。挨拶が変わったのです。キリスト者の交わりとは、互いに恵みと平和を祈り合う、祝福し合う、そういう交わりです。その交わりがあって、挨拶が変わったのです。この挨拶は口先だけのことではありません。キリスト者の交わりとは、互いに恵みと平和を祈り合う、祝福し合う交わりなのです。
ここで告げられる「恵みと平和」とは、何よりもキリストの恵みと平和です。キリストの十字架によって与えられた罪の赦し、永遠の命の恵みです。そして、神様との間に与えられた平和です。勿論、それは具体的な目に見える恵み、そして隣人との間に形作られる平和、或いは心の平安というものも含むでしょう。大切なことは、その恵みと平和は、既に与えられているということです。しかし、ペトロはそれが「ますます豊かに与えられるように」と告げます。既に与えられている。しかし、その恵みと平和とがいよいよ増し加えられ、恵みと平和に包まれて歩んでいけるようにと祈る。この手紙を受け取った者たちは、先ほど申し上げたような具体的な困難に直面していました。キリスト者として生きていくなら、その困難を避けようがない。そういう時代、そういう場所で生きていました。だから、その困難を神様が打ち破ってくださり、父・子・聖霊なる神様が与えてくださる恵みと平和に満たされていくように。ペトロはそのことを祈り、願い、この手紙を書いた。恵みと平和は既に与えられています。しかし、もっとです。更にです。どんなことがあっても救いを確信し、天の御国への歩みを続けていくことが出来るように、もっと恵みを、もっと平和を、もっと平安を与えてくださいと願い求める。それは、既に与えられている恵みと平和を、更に深く、更にはっきりと受け止めていくということでもありましょう。私共は愚かで不信仰な者ですから、既に与えられている神様の恵みと平安が見えなくなる、分からなくなる。そういうことがしばしば起きるのです。しかし、その時、神様の恵みと平和は私共から取り上げられてしまったのでしょうか。そんなことはあり得ません。神様が天地創造の前から計画された救いの選びが、どうして失われることがありましょう。それはあり得ないことです。けれども、それが見えなくなる、分からなくなる。そういうことが起きる。しかし、神様は全能の力と全き愛をもって、私共を天の御国へと導いてくださっているのですから、神様の恵みと平和はいつも私共をとらえ、私共を包んでいます。この事実は微動だにしていません。ですから、もっと恵みを、もっと平和を、私共がしっかり受けとめることが出来るように、共に祈りを合わせたいと思います。
お祈りします。
恵みと慈愛に満ちたもう、全能の父なる神様。
あなた様は、天と地を造られる前に私共を選んでくださり、聖霊を注ぎ、信仰を与えてくださいました。あなた様のものとしていただき、天の御国に向かって歩む者としていただきました。イエス様の十字架の血によって、一切の罪を贖ってくださり、あなた様の子としていただきました。ありがとうございます。どうか、あなた様の恵みと平和を増し加えてくださり、私共の御国に向かっての歩みを健やかで確かなものとしてくださいますように。
この祈りを、私共の救い主、主イエス・キリストの御名によって祈ります。 アーメン
[2023年8月13日]