1.はじめに
受難節(レント)の日々を歩んでいます。先週は、ポンテオ・ピラトによってイエス様が十字架に架けられることが決定された場面。その前の週は、最高法院においてイエス様が裁かれた場面から御言葉を受けました。そして、今朝与えられている御言葉は、イエス様がピラトのところからゴルゴタへと歩み、十字架に架けられるところです。マタイによる福音書には記されていませんけれど、マルコによる福音書にはイエス様が十字架に付けられたのが午前9時、そして息を引き取られたのが午後3時と記されています。今朝与えられている御言葉は、昼の12時くらいまでのところです。
さて、イエス様は大祭司の家来たちに捕らえられて以降、最高法院での裁判、総督ピラトによる裁判、そして十字架を背負わされて歩み、ゴルゴタと呼ばれるところで十字架に架けられるまで、ほとんど何も語られませんし、積極的に何かをされたということもありませんでした。ずっと黙っていて、されるがままでした。十字架の出来事の中心にいるのは、勿論イエス様です。しかし、この受難日以前の出来事のように、イエス様が教えたり、諭したり、奇跡をしたりすることは全くありませんでした。イエス様はじっとしておられたと言いますか、されるがままといった感じです。どうしてイエス様は何も言わず、何も為されなかったのでしょうか。理由は二つ考えられます。第一に、イエス様は十字架への道が神様の御心に適うことであることを確信し、これを受け入れておられたからです。イエス様は父なる神様の御心と受け止めて十字架への歩みを為しているのですから、それを避けたり、ここから逃れようとする一切の行動を取りませんでした。それが、イエス様が何もしない、されるがまま、というように見える理由でしょう。そして、第二に、その結果、「人間の罪」というものが露わになりました。これは結果的にそうなったとも言えますけれど、このイエス様の十字架の歩みにおいて、イエス様に対してどのような態度を取るのかというところにおいて、人間の罪が露わになります。そのことによって、私共に自らの罪の姿を自覚させ、悔い改めへと導くように機能しているように思われます。
2.イエス様は御存知です
ピラトはイエス様を兵士たちに渡しました。十字架に架けるという刑罰はローマ帝国の兵士によってのみ実施されるものでした。イエス様は、この兵士たちによってあざけられ、あなどられ、からかわれ、ののしられました。兵士たちはイエス様を真ん中に立たせ、「イエスの着ている物をはぎ取り、赤い外套を着せ、茨で冠を編んで頭に載せ、また、右手に葦の棒を持たせて、その前にひざまずき、『ユダヤ人の王、万歳』と言って、侮辱した。また、唾を吐きかけ、葦の棒を取り上げて頭をたたき続けた」のです。「赤い外套を着せ」というのは、その外套はローマ兵の外套です。それは赤色でしたけれど、ここでは皇帝の赤紫のローブに見立てられました。「茨の冠」も王冠に見立ててかぶせられました。そして、「葦の棒」は王様の笏に見立てて持たされました。そして、その前にひざまずいて、「ユダヤ人の王、万歳」と言って侮辱しました。誰もイエス様を「ユダヤ人の王」とは思っていません。これは、イエス様に対する偽りの礼拝です。これほどイエス様を侮辱することはありません。更に兵士たちは、イエス様に唾を吐きかけました。そして、葦の棒を取り上げて、それでイエス様の頭を叩きました。人は手出し出来ない者に対して、ここまでひどいことをするのかと思います。ここで兵士たちがイエス様に対して行ったことは、ほとんど「いじめ」です。イエス様は、理不尽に痛めつけられ、それでも黙っておられました。イザヤ書53章3節に「彼は軽蔑され、人々に見捨てられ … わたしたちは彼を軽蔑し、無視していた。」と告げられていた、苦難の僕の姿そのものでした。
私はこの場面を思うと、自分の中学校時代のことを思い出します。嫌な思い出です。でも、決して忘れられない思い出です。私はその頃いじめられていました。いじめていた方は、遊んでいるつもりだったかもしれません。休み時間になると、4、5人の同級生が私にプロレスの業をかけて遊んでいました。足は四の字固め、腕はキーロック、頭はヘッドロックといった具合です。確かに痛いのですけれど、それ以上にみんなの前でそんなことをされるのが恥ずかしくて仕方がありませんでした。それが嫌で、休み時間になる度にトイレに行ったりしていました。しかし、思い出すのはそれだけではないのです。そのような時、学校に脳性麻痺の子がいて、帰り道にその子の歩き方や話し方をまねして、はやし立てたのです。彼は怒って追いかけてくるのですが、上手に走れない彼は追いつけません。そうしていると、その脳性麻痺の子の従姉妹の同級生に「何しているの‼」とひどく叱られました。いじめられていた自分が、もっと弱い者をからかい、あざける。ただの被害者なんかではない。加害者である自分がいた。
3.苦しむ者と共にあるために
この時のイエス様の苦しみは、肉体的な痛みだけではありませんでした。心も、神の御子としての誇りも、踏みにじられました。兵士たちはどうしてここまでするのかと思います。そして、イエス様はどうしてここまでされるがままなのかと思います。聖書は、このイエス様の苦しみは私のためであったと告げます。イエス様がここまで痛めつけられ、ひどい目に遭われたが故に、イエス様は私共にこう告げることがお出来なります。「わたしはあなたの痛みを、苦しみを、嘆きを、悲しみを知っている。わたしはあなたと共にいる。」理不尽な苦しみの中に生きるすべての人に向かって、イエス様は「わたしは知っている。わたしはあなたと共にいる。だから、大丈夫。わたしと共に生きよう。」そう告げておられます。
私共は、他の人の痛みや嘆きや苦しみを自分のこととして受け止めることが中々出来ません。これは本当に難しいことです。置かれている状況が違いますので、私共の想像を超えたところに身を置いている人の痛みやそこから発せられる声を、きちんと受け止めることが中々出来ません。先週、七尾と輪島に行ってきました。そして、今回の能登半島地震において被災された方たちの声を聞きまして、改めて本当に自分は何も分かっていないと思わされました。申し訳ないと思います。しかし、イエス様は知っておられます。ですから、イエス様が真ん中におられ、共にこの方を仰ぎ見るならば、私共は共に歩んで行くことが出来ます。そして、この時のローマ兵のような関わりをしてはならないと教えられるのです。
4.キレネ人シモン
イエス様は十字架を担いで、ゴルゴタまで歩まれます。この時イエス様が担いだのは、十字架の横木だったと考えられています。その道の途中で、イエス様はこれを担ぎ続けることが出来ないほどに弱られたのでしょう。「キレネ人のシモン」という人に、イエス様の十字架が負わせられました。「キレネ人のシモン」にしてみれば、「なんで自分が。」と思ったでしょう。ちなみに、「キレネ」というのは北アフリカ、現在のリビアにあった都市です。彼は単に過越の祭りの巡礼に来ていて、たまたまイエス様が十字架を担いで歩まれる場面に出くわした。彼はただそれを見物していただけだった。それなのに、ローマ兵と目が合ってしまったのでしょうか。イエス様の十字架を担がされることになってしまいました。彼にしてみれば「とんだ災難」です。しかし、これがイエス様とキレネ人シモンとの出会いの時となりました。マルコによる福音書には、このキレネ人シモンが「アレクサンドロとルフォスの父」と記されております。それはこのシモンの二人の息子「アレクサンドロとルフォス」は、福音書が書かれた当時、キリストの教会で名前が知られていた人だったに間違いありません。ということは、この「キレネ人のシモン」もキリスト者になったのかもしれません。イエス様との出会いはまことに不思議なものです。だれ一人として、イエス様と同じ出会い方をした者はいません。神様はこのようなあり方さえも、救いへと導くイエス様との出会いとして用いられます。それは、神様はイエス様とのどんな関わりでも用いて、私共を救いたいからです。ありがたいことです。
5.十字架の下でのくじ引き
イエス様は十字架に架けられました。この時、十字架の下ではイエス様の服をくじ引きして分け合うということが行われました。くじを引いていたのはローマ兵たちでした。彼らは、イエス様を嘲弄した人たちと重なっていたでしょう。そして、このくじ引きは、十字架で処刑するという役割を与えられたローマ兵のいつもの役得でした。当時、布というものは大変価値のあるもので、一般庶民は上着は一枚しか持っていませんでしたし、縫い合わせたところをほどいて、何度も作り替えるものでした。金額としては大したことはなかったかもしれませんけれど、この大したものではないものを賭けてのくじに、彼らの興味と関心のすべてが注がれていました。神の御子が自分のために十字架にお架かりになっているのに、そんなことには全く興味がない。そんなことより、目の前の服の布の分け前がどうなるか、そのことで頭がいっぱいでした。
今も世の多くの人たちは、イエス様のことより自分の日々の生活、子どもの受験、そんなことで頭がいっぱいになっているのではないでしょうか。しかし、イエス様はその人たちのためにも十字架にお架かりになりました。本人がそんなことに全く気が付くことがなく、興味もなかったとしてもです。イエス様は御自分を神の子と知らない、神と認めない、御自分をののしり、あなどり、馬鹿にしたその人たちのために、十字架にお架かりになりました。それが神様の愛です。イエス様の愛です。この愛によって私共は救われました。
6.祭司長・律法学者・長老そして群衆、更に十字架につけられた者
ローマによる十字架刑には、見せしめという意味合いがありました。ですから、目立つところに十字架は立てられ、人々がそれを見に来ました。エルサレムの町ではゴルゴタと呼ばれる場所がそれでした。
ここでイエス様の十字架を見て、人々が言った言葉が記されています。まず、そこを通りかかった人たちです。39~40節「頭を振りながらイエスをののしって、言った。『神殿を打ち倒し、三日で建てる者、神の子なら、自分を救ってみろ。そして十字架から降りて来い。』」ここで「頭を振りながら」というのは、興奮している様子を示しています。この時、頭は横に振られたのか、それとも縦に振られたのか。どうでも良いことかもしれませんが、私は縦に振られていたと思います。この時イエス様をののしった人たちは、ピラトの裁判の時に「十字架につけろ」「十字架につけろ」と叫んだ人も多くいたのではないでしょうか。自分たちが「十字架につけろ」と叫び、実際にイエス様が十字架につけられました。そのイエス様を見てののしる。この時まだ、「十字架につけろ」と叫んだ興奮が彼らの中では続いていたのでしょう。
次に、祭司長たち、律法学者たち、長老たちです。彼らがイエス様を死刑にすると決めて、ピラトのもとに連れて行き、十字架に架けることになりました。イエス様を「ユダヤ人の王と称している、反ローマの反乱を起こす者だ。」とピラトに訴えたことが、功を奏したわけです。彼らは自分の手を汚さず、木にかけられて死ぬという、「神様に呪われた者」としてイエス様を始末することが出来たわけです。彼らは十字架につけられたイエス様を自分の目で見なければ気が済まなかったでしょう。そして、十字架につけられたイエス様を侮辱してこう言いました。42~43節「他人は救ったのに、自分は救えない。イスラエルの王だ。今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう。神に頼っているが、神の御心ならば、今すぐ救ってもらえ。『わたしは神の子だ』と言っていたのだから。」
そして最後に、イエス様と一緒に十字架につけられた罪人です。イエス様は三本の十字架の真ん中の十字架に架けられました。イエス様の両脇の罪人は、マタイによる福音書は彼らが強盗であったと告げています。ルカによる福音書では二人の罪人の内、一人はイエス様に救いを求めたことが記されていますけれど、マタイではその罪人のことは記されておりません。そして、彼らもイエス様を「同じようにののしった」のです。
十字架に架けられた罪人も、群衆も、祭司長・律法学者・長老も、そしてローマの兵士たちも、みんなイエス様をののしった。この時、イエス様の弟子たちは逃げていました。そして、女性の弟子たちは遠くから見ていた、とルカによる福音書は記しています。イエス様の十字架の下では、みんなが口々にイエス様をののしったのです。しかし、イエス様はこの自分を侮辱し、ののしった者たちのために、十字架にお架かりになりました。彼らは自分が何をしているのか分かりませんでした。自分が何をしているのか分からない。それが罪人というものです。
7.神の子なら自分を救え
この時、イエス様をののしった者たちの言葉には、二つの特徴があります。一つは「自分を救ってみろ」というののしりです。ここには、「自分を救えないような者が、どうして他人を救えるのか。そんなユダヤ人の王、メシアがいるか。」という理解が前提にあります。自分を救えない者がどうして他人を救えるのか。確かに、これがこの世の常識です。だれでも自分は安全なところに身を置いて、他の人を助ける。しかし、これは神様・イエス様には通じません。そもそも、この場合「自分を救う」ということは、十字架から降りるということです。もしこの時そんなことをイエス様がされれば、世界の滅び、すべての人の滅びで、だれ一人救われることはなくなっていました。神様に赦される者は一人もなく、すべての人が自分の罪の重さによって永遠の滅びへと落ちていくことになりました。例外なくです。この世の常識に反し、自分を救わずに他人を救う。それがまことの神の御子が歩まれた道でした。しかし、この愛の道を知る者は、この時、イエス様と父なる神様しかいませんでした。
もう一つの特徴。それは「『神の子なら』こうしてみろ」という言い方です。この言い方は、イエス様が荒野の誘惑(マタイによる福音書4章)において、悪魔がイエス様を誘惑した時の言い方と同じです。この十字架の上において、イエス様は最も激しく悪魔の誘惑をお受けになっていました。激しい痛みの中で、御自らの死を目前にしたイエス様に対する「神の子なら、自分を救ってみろ」という「ののしりの言葉」は、実に悪魔の誘惑の言葉だったのです。十字架に架けられた罪人も、群衆も、祭司長・律法学者・長老たちも、そのことには全く気が付いていません。しかし、この時人々はみんな悪魔の策略に乗せられていたのです。ただ、イエス様だけがそのことを知り、その誘惑を退けられました。悪魔の目標は、神様の救いの御業を邪魔することです。ですから、イエス様が十字架から降りて来るならば、悪魔の策略は大成功となるはずでした。しかし、その目論見は完全に退けられました。
8.悪魔の策略に乗らず
この時の悪魔の策略に乗せられた人たちと同じ言葉を、それとは気付くことなく、よく私共は使っています。「牧師ならこうするべきだ。」「長老ならこうあるへきだ。」「キリスト者ならこうすべきだ。」このような言い方をするとき、すべてが悪魔の策略によるものだとは言いませんが、しかし、よく気をつけなければならないと思います。イエス様が十字架に架けられたとき、人々はこのような言葉でイエス様をののしりました。それは、イエス様を馬鹿にしていたからです。神の子、メシアだはと少しも思っていなかったからです。このような言葉を口にするとき、私共の心はどうなっているでしょう。自分の方が正しい、物事を分かっている、そういうところに身を置いているとするならば、とても危険です。悪魔の策略に乗せられているのかもしれないと、自己吟味をした方が良いでしょう。イエス様はののしったのではなく、ののしられました。
この「神の子なら」と言っていた人々は、遂には「今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう。」と告げます。「信じてやろう」とは、何と傲慢な、神様をあなどった言葉でしょう。自分の言う通りのことをしたのならば信じてやろうというのは、神様よりも自分の方が上にいます。神様を判断するのは自分。それは、自分が神になっているということです。ここに罪があります。私共はこの罪と戦わなければなりません。この罪はいつも私共を誘っているからです。私共は神様の僕です。ですから、「ただ神様にのみ栄光あれ」と誉め讃えつつ歩んで行く。あの十字架に架けられたイエス様こそ、私共のただ一人の主、我らの王なのですから。自らの栄光を求める者は、十字架の主イエス・キリストの僕として相応しくありません。イエス様はののしられたのであって、ののしったのではないからです。
お祈りいたします。
恵みと慈愛に満ちたもう、全能の父なる神様。御名を心から畏れ敬います。
今朝、私共はイエス様が十字架にお架かりになった時の御言葉から、自らを神とし、イエス様をののしる人間の罪を知らされました。しかし、イエス様は黙して語らず、ただそのののしりをお受けになり、十字架にお架かりになりました。それは、自分をののしる者たちの罪の贖いとなるためでした。まことに驚くべき神様の愛、イエス様の愛です。この愛によって赦され、新しくしていただき、生かされている私共です。どうか、あなた様の子、僕として相応しく、あなた様の御名を誉め讃えつつ、あなた様の御業に仕えていくことが出来ますように。
この祈りを、私共の救い主、主イエス・キリストの御名によって祈ります。 アーメン
[2024年3月17日]